イヌリンの効果
【糖尿病の体験談】
  【体験談1】39歳で血糖値は400超えヘモグロビンA1C値は14.5
  【体験談2】細マッチョで運動が趣味の友人が糖尿病になった話

【体験談1】糖尿病の体験談|39歳で血糖値は400超えヘモグロビンA1C値は14.5

私は、現在50歳、自営業の男です。現在は地方に住んでいますが、以前は東京で一人暮らしをしておりました。

今思えばその生活習慣は酷いものでした。ヘビースモーカーな上に仕事が忙しかったこともありますが遅い時間の夕食、さらに深夜のコンビニ弁当、運動不足など体に悪い事のオンパレードでした。

そういう生活をしていたものですから当然体調は慢性的に悪く、36歳の時、健康診断においてヘモグロビンA1Cの値が11という酷い数値を突き付けられⅡ型糖尿病の仲間入りをしました。

その時はショックを受けて食事だけでも少し改善しようとしたのですがそれも一時的で忙しさにかまけて徐々に元の状態に戻っていきました。

もうそうなると糖尿病診断された事さえ些細な過去の話となりそれから診察を受けることもなく数年を過ごす事になりました。当然慢性的な体調不良はそのままでした。

39歳になったころ父親の介護のために故郷に帰ってきました。 父もまた重度の糖尿病患者で失明、足の壊疽による切断、人工透析など合併症の成れの果てと言えるものは殆ど発症している状態でした。

そういう父親の状況をみていると嫌でも糖尿病と診断されたことを思い出さずにはいられませんでした。

さすがに自分の事を放置しておくのが恐ろしくなった私も改めて地元での検診を受けたところ血糖値は400超え、ヘモグロビンA1Cの値は14.5とさらに酷い値になっていました。

それをきっかけに地元の病院に通うようになりました。まず最初の通院で教育入院することを強く勧められたのでその言葉に従い入院することになりました。

そこでこれまでの習慣の酷さを改めて思い知る事になりました。
色々と検査をした結果、幸いにしてここまで酷いヘモグロビンA1Cの値にも関わらず合併症と呼ばれるものは全く発症していなかったためインスリン投与はせず、飲み薬と運動療法、食事療法のみで治療していく方針になりました。

入院中の経過が良かったため、早めに退院することになった私は早速運動療法を実践しました。とりあえず山道でのウォーキングから始まり、そのあと自転車を購入して長距離を走行するなどの運動を始めました。

すると効果が如実に表れ出して嬉しくなった私はさらに運動量を増やしていきました。しかしこれが間違いの元でした。

運動の結果が全ての改善に繋がっていると思い込んだ私は食事療法が疎かになりはじめました。

さらには増やしすぎた運動も冬の寒い時期になると意志の弱い私に続くはずもなく、一旦は6台にまで下がっていたヘモグロビンA1Cの値も再び二桁に戻るという主治医の先生も経緯を聞いて呆れるような結果になってしまいました。

それからは運動を最低限続けられる量に減らし、冬の間は室内でもできる運動、例えば踏み台昇降などに切り替え食事療法の方に重きを置くことにしました。

その結果少しづつではありますが状況は改善していき、ヘモグロビンA1Cの値も安定して6台とまではいきませんが7前後で推移するようになりました。

その間、主治医と相談して薬を切り替えたりしたのも効果があったように思います。しかし油断するとすぐに数値が跳ねあがり、それを繰り返しているのが今の状況です。

糖尿病は遺伝的な要素も強いので東京であのような酷い生活をせずとももしかしたら糖尿病には罹っていたかもしれません。

この病気に罹ってからは父を見ていて知っていたとはいえ、一生病気と付き合うしかないという現実はかなり重いものがあります。

幸い昔と違ってあれを食べてはいけないとかそういう制限は殆どありませんが、一番の治療薬は自制心であると思います。

何事もほどほどに収めておかないとすぐに数値に現れます。今はなんとかそれが効いている状態ですが意志の弱い私はいつまた自制心が効かなくなるか心配になるときがあります。

父はその後結局病気が原因で亡くなりましたが今は合併症が出て父の様になってしまわないだろうかと不安を感じる毎日です。

今なら半額!超良質のイヌリンはこちら

糖質制限プログラム「NOSH - ナッシュ」公式サイト

血糖値を下げる!菊芋の効能を見る

血糖値を上げる食品とは

【体験談2】細マッチョでランニングと登山を趣味の友人が糖尿病になった話

糖尿病ってお年寄りや太った人がなる病気で、暴飲暴食やだらしのない生活の帰結だという風に思っていました。

しかし僕の友人が導尿病との診断を受けたことによりその考えは一変しました。

友人の名前は野村と言います。野村は30代後半で既婚、会社員をしています。若い頃から細マッチョでランニングと登山を趣味にしていました。

暴飲暴食はせず、お酒は飲みますがほどほどで酷く酔うほどは飲みません。食事もバランスよく取っていて、偏りがあるとこうこともありません。何よりも適度以上の運動を日常的にしていてとても糖尿病にかかるようには見えませんでした。

そんな野村が30代中頃の健康診断で血糖値がひっかかりました。最初は特に気にもしてなくてたまたまだろうという風に考えていたようですが、よく年もその翌年も高血糖でひっかかりました。

そのうちにちょっと自覚症状が出てきたようです。ちょっと身体がだるいとか喉が乾きやすくなったというものです。

そして色々と調べて病院に行くとHbA1c値が14以上という以上な数値で即座に糖尿病に診断されたのです。

看護婦さんからは「辛いところはないですか?よく倒れないでいられますね」と言われたぐらいだそうです。

どうも野村は祖父、父親が糖尿病でそういった因子を持っていたようです。日頃からランニングをしていましたが、その合間に水分補給のため大量のスポーツドリンクを飲んでいたようでそれも良くなかったようでした。

病院は糖尿外来をしている個人クリニックでした。クリニックの先生は「本当は入院して治療した方がいいんだけど」といいつつ、野村の希望に応じて通院での治療をしてくれることになりました。

治療は投薬と食事療法です。結構な量の薬と厳しいカロリー制限、それとおやつやお酒を当面一切立つようにとの指導を受けたようです。

診断後、家族に糖尿病の診断を受けたと伝え食事面での協力を求めました。さらにクリニックの先生からは眼科で糖尿病だと伝え必要な診察を受けるようにとの指導も受けたことから眼科への受診も行いました。

治療中の野村の生活は一変しました。とりあえずは激しい運動は控えて、食事も野菜を多めにして、脂分を控え炭水化物大好きだったのを制限するようになりました。

当然のことながら指導に従ってアルコールも経ちました。その結果体重も減って久しぶりに会う人からは「随分と痩せたね」と必ず言われるようになりました。

そんな苦労の甲斐もあって、野村の血糖値とHbA1c値はほぼ正常値に収まるおようになりました。

その頃になると、先生からはアルコールも解禁され、運動もしても良いとの許可を得ました。

今は朝夕の薬を飲むこと以外はごく普通の生活を送っています。 ただし、以前は朝からおなかいっぱい食べていたのを腹八分目を心がけるようになって、スポーツドリンク系の飲料をやめて、野菜をできるだけ取るような食生活を心がけるようになりました。

野村は糖尿病のことを周りにはほとんど言っていません。知っているのは家族と親しい友人のみです。親には心配かけからと言っていません。

野村は糖尿病になって色々と人生のことを考えるようになったと言います。今は80歳台ぐらいまで生きるのは当たり前ですが、自分の病気のことを考えるとそこまで生きていられる気がしないと言います。

そう考えると自分はもう人生の半分を過ぎたんだと思えるようです。

また野村の糖尿病は遺伝的なものもあると思うのですが、自分よりはるかに太っている人が健康診断では全く異常がないというのに接すると不公平だと感じることもあるそうです。

でもそれも含めて自分だからと考えるようにしているそうです。

ただこの因子が自分の子供に流れていないといいなということは常に言っています。

友人のこういった経験を身近で見ていたというのもあり、私も日頃から糖質制限と運動をおこなう生活を送っています。

今なら半額!超良質のイヌリンはこちら

血糖値を下げる!菊芋の効能を見る

糖尿病の合併症の怖さとは!?

家庭の医学-糖尿病-

ダイエットの失敗談と成功体験